人生は「自分」がすべて
歳を重ねて思うのは、
「私はどうしたいか?」
「私は何が好きか?」
を大切にすることが、自分の人生をつくるということ。
小さなことでも、なにかを決定するときは
他人がどう思うかではなくて、
「私はどう思うか?」
「私は何が大切だと考えるか?」
を持っていないと、まわりに流されて他人の人生を生きることになってしまう。
その決定の責任を他人は取ってはくれない。
いま改めて考えるのは、
「私はどんなふうに毎日を過ごしたいか?」
ということ。
つまり、どんな人生にしたいか、ということ。
20代の頃は、とにかくキャリアを積みたいと思っていた時期もあった。
仕事でオットに負けたくないと思っていたこともあった。
でもそんな時でも時々顔を出す本音は、「森の中で暮らしたい」で、自分の好きな空間で、自分のペースで、家で仕事がしたいと思ってた。
そして本気で転職を考えた時、キャリアよりも子どもが欲しいと思って、幸運なことに授かった。
それはとても可愛い一卵性双生児の男の子たちで、私のお腹に5ヶ月間、居てくれた。
さよならをした日のことは、所々鮮明に覚えているのだけれど、その前後の1年くらいの記憶がはっきりしない。
つらかった。
あれから丸6年が経って、男の子と女の子に恵まれて、そしてあと100日くらいで生まれてくる赤ちゃんがいるけれど、この双子の男の子たちのことを考えると今でも涙が出る。
悲しくて苦しくて仕方ない。
私たちのところに来てくれたことは、一生忘れない。
だから本当のところ、双子は苦手だ。心が痛む。
これは本当につらくて大変な経験だったけれど、だからこそ子どもたちを大切にできるのかもしれないと思う。
仕事人間のオットは間違いなくそうだ。
子どもたちが元気でいてくれるだけで幸せだと思う。
赤ちゃんも元気に生まれてきてくれたら、それだけで良い。
それをいつまでも忘れずにいたい。
気がつけば、
森の中で暮らして、自分の好きな空間で、自分のペースで、家で仕事がしたい
という夢は半分くらい叶っている。
今それに加わったのは、
家族を大切にする、と、自分を大切にする、だ。